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INTERVIEW 吉田麻也(サウサンプトンFC)
「もっと広い世界を見てほしい」

無断転載禁止 INTERVIEW 吉田麻也(サウサンプトンFC)<br>「もっと広い世界を見てほしい」
インタビュー・文/小澤一郎 写真/藤井隆弘

もっと広い世界を見てほしい

ユース時代は高校のチームには絶対に負けたくなかった

偶然受けたセレクションに合格したことで中学から地元・長崎の親元を離れ名古屋グランパスのアカデミーでプレーし、高校時代には「絶対にプロになる」という覚悟を持って練習と英語の勉強に励んでいたという吉田麻也。Jユース出身者として選手権への憧れや嫉妬を持ちながらも、「高校のチームとやる時には絶対に負けたくなかった」という。恵まれた体格から才能だけでプロ、日本代表にまで登り詰めたイメージもある吉田だが、今回のインタビューから分かるのは「選択肢を増やす」ためにピッチ内外で心がけていた思考法であり努力だった。日本の高校生に向けた「狭い世界ではなく、もっと広いところを見てもらいたい」という吉田の熱く冷静なメ ッセージを受け取ってもらいたい。

―高校時代にJユース(名古屋グランパスU18)に所属していましたが、高校サッカー選手権大会をどのように見ていましたか?
「幼い頃は本当に好きでした。東福岡高校や鹿児島実業高校が強かった時代を小学生の時にテレビで見て憧れていましたし、『かっこいい』と思っていました。でも、自分が高校生に近づけば近づくほど、Jユースでやっていたということもあって、『そんなに甘くないぞ』という感じになりました。クラブチームにいる僕たちには、どうしても黄色い声援がなかったですし、そういうジェラシーもありましたよ(苦笑)。選手権に出るようなチームには、スタンドからの声援がとても多く、僕たちにはそういうものがありませんでしたので純粋に羨ましかったです」
―例えば選手権決勝で国立競技場に5万人もの大観客が入るのは同じ高校生として羨ましかったですか?
「羨ましいと言うか、『なぜそこまで注目されるのだろう?』と思っていました。もちろん、今になればテレビやメディアの力、興行的なものも理解できますが、当時の僕らの世代のユースは結構強かったので、『高体連のチームに負けるなんてありえない』と思ってやっていました。僕らは毎日芝のグラウンドで練習をして、プロクラブにお金をかけて育成してもらっていて、プロになるためにやってきた。『そういうチームにいる選手が高校の部活に負けるなんてありえないぞ』と。失礼な話、僕はそのくらい生意気に思っていましたね。だから、高校のチームとやる時には絶対に負けたくなかったです」

ユース時代に学んだ成功する選手たちの共通点

―改めて、Jユースの魅力は?
「グランパスに関しては、環境も指導者も良いと思います。あとは、他のカテゴリーのコ ーチが僕のことを知っていることですね。クラブハウスにスタッフルームがあって、スタ ッフ間で選手の情報を共有していますから、1年生の時にできなかったことや、性格、特徴をどのコーチも知っています。コーチも一人ひとり違うので、多角的なアドバイスを聞くことができるというのは良かったと思います。加えて、中高一貫して指導を受けられたので、僕が中学1年生の時に高校3年生のプレーを間近で見ることができました。そこで、どんな人がトップチームに上がって、逆にどんな人が上がれないのか、途中で辞めていく選手はどういった選手なのかを見ることができたことも勉強になりました」
―ユース時代にトップチームの選手との接点はありましたか?
「ユースとトップの若手選手の寮が一緒だったので、ユースの時からどういう選手が試合に出られて、どういう選手が試合に出られないのかを間近に見ることができました。やはり、門限を破って遊びに行っている選手は1、2年で消えていきます。逆にしっかりと食事を摂っている選手は早かれ遅かれ試合に出るようになりますし、試合に出場していけばそこから一人暮らしをしていくようになっています。食堂では先輩たちの好き嫌いや食べているものを観察して、何となく選手の差を肌で感じていました。たまにベテラン選手が寮の食堂で若手と一緒にご飯を食べに来るのですが、横にいるだけでドキドキしたり、サインをもらえたり。ちょっと気の利いた選手だ ったら話しかけてくれたりするので、トップ選手との距離は近かったです」
―高校時代に憧れていた選手はいますか?
「中学の時はピクシー(ストイコビッチ)でしたが、高校の時はボランチでプレーしていたので、同じポジションの山口慶さん、中村直志さん、吉村圭司さん、それとウェズレイが大好きでしたね。ウェズレイが移籍して対戦相手として試合をする時はめちゃめちゃ嬉しかったので、バチバチにやり合いました(笑)」

高校生には、強豪校のジャージを着て外を歩くことがステータスなんていう風には思わないでほしい

高校時代は勉強もしたかった
将来の選択肢を増やす考え方

―高校は名古屋が提携している私立ではなく県立高校に進学していますが、その理由は?
「僕は勉強もしたかったし、将来の選択肢を増やしておきたかったので。クラブが提携する私立の高校に行った場合、もしサッカーがダメになってしまった時の選択肢がかなり狭まってしまうと感じていました。あと、僕は中学校から親元を離れて名古屋に来ていたので、公立高校の受験権利がありました。お金のかかる私立に行くということを親に言い難いということもあって、推薦入試で県立高校を受けたら受かったんです」
―選択肢を増やすために県立高校に進学した思考法はサッカーと通じるところがありますね?
「サッカーは11人しか出られないので、『強豪校に進学しても試合に出られないよ』ということは言いたいですね。高校サッカー、高校野球の強豪校を見ていると不思議で仕方ないのが、『3年間ずっと球拾いだった』ということを自慢気に言う人がいることです。そうなると『何のために部活に入ったの?』と思います。学校の名前に惹かれるという気持ちが僕には全くないので」
―高校生時代からプレミアリーグでのプレ ーをイメージして英語を勉強していたそうですが?
「そうですね、英語は意識して勉強していました。テスト週間の休みもクラブの練習はあ ったので、勉強する時間は本当になかったのですが、英語の授業中はみんなより多くのことを吸収しようと思って聞いていました。逆に、英語以外の授業は結構寝ていたのですが(苦笑)、そこである程度エネルギーを蓄えさせてもらって、英語と夜のサッカーに全力を注いでいました」
―日本ではサッカーがうまいと推薦や特待生で高校や大学に進学できますが、欧州で暮らす吉田選手の目には、そうした制度や「サ ッカーがうまければいい」という風潮には違和感を覚えますか?
「欧州の人たちは何かを勉強したくて大学に入るけれど、日本人は就職のために大学に入りますよね。その時点で違いますから。僕が嫌いだったのは、ユースの選手でも『プロになるため』ではなく、そこの一員としてプレ ーして推薦で有名大学に行き、大学4年間をやり過ごして就職に活かすみたいな考えです。僕はそれが許せなかったですから、『プロになる気がないんだったら来るなよ』と思っていました。でも、結局そういう人って社会に出てもダメじゃないですか。社会に出たら能力ありきで、出身大学は関係なくなります。僕は肩書社会が好きじゃないですね」
―VVVフェンロ、サウサンプトンFCへの移籍に関しても「このチームだったら試合に出場できる可能性が高い」と思って事前に情報を集めていましたか?
「そうですね。まずは試合に出ることが最優先だと思います。僕は高校時代に試合に出場できないといった問題がなかったので、ラッキーだったとは思いますが、上に行けば行くほどそういうことは出てきます。高校生には、強豪校のジャージを着て外を歩くことがステ ータスなんていう風には思わないでほしい。そんな狭い世界ではなく、もっと広いところを見てもらいたいと思います」
吉田麻也
吉田麻也 MAYA YOSHIDA
1988年8月24日、長崎県出身。サウサンプトンFC所属。DF。189cm/81kg。兄の影響でサッカーを始め、小学6年生で受けた名古屋グランパスアカデミーのセレクションに合格。名古屋グランパスU15、U18を経て、2007年にトップチームへ昇格した。2009-10シーズンにはVVVフェンロへ移籍。2012-13シーズンからサウサンプトンFCへ加入し、自身の目標でもあったプレミアリーグでのプレーという夢を叶えた。日本代表では不動のCBとして守備を統率。2014年ブラジルW杯出場を目指す。日本代表37試合出場2得点。

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