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酒井宏樹(マルセイユ/日本代表)日本代表サイドバックの“順応論”

無断転載禁止 SPECIAL INTERVIEW<br>酒井宏樹(マルセイユ/日本代表)日本代表サイドバックの“順応論”
インタビュー・文/編集部 写真/NIKE

日本代表サイドバックの“順応論”

だから僕が活かされる

フランスの名門・マルセイユでの最初のシーズンを終え、不動の右サイドバックの地位を確立した酒井宏樹。
ダイナミックなプレースタイルとは対照的に、穏やかな性格で知られる彼は、日本代表のなかでも異色の存在だ。「上には上がいる」サッカーの世界で、彼はどのようにして今のポジションに上り詰めたのだろうか。

柏レイソルのアカデミーに入り上がいることを初めて知った

―日本代表、そしてフランスの名門・マルセイユでの右サイドバックとしての地位を確立した酒井宏樹選手ですが、もともとは家族の影響でサッカーを始めた?
「はい。直接は年の離れた兄貴2人の影響ですが、親父もサッカーをしていたし、物心ついた頃からやっていました。まあ、2vs2の人数合わせみたいなものでしたけど(笑)」
―他に好きなスポーツはありましたか?
「野球も好きでしたよ。今も好きですしね。家には常にサッカーボールと野球のキャッチャーミットとマスクがありました。恵まれたことに僕は運動に関しては何をやっても上手かったです。とにかく、当時はスポーツをすることが楽しくてしょうがなかったですね。FWとしてプレーした地元のサッカークラブ 「柏マイティー FC」では、自分は何でもできるとさえ思っていました。小学校6年生までは(苦笑)」
―柏レイソルU-15に入るまで、ということですね。
「はい(笑)。中学1年で上には上がいることを知りました。サッカーの苦しさ、壁というものを、この年齢で初めて知ったと思います」
―それをどのようにして乗り越えることができたのでしょうか?
「どうでしょう。僕個人で乗り越えたというより、まずサッカーはチームスポーツであるということがあります。だから、周りの選手がすごく上手かったことで、“僕が活かされた”と言った方が正しいと思います。今でもそれは強く思いますね。日本代表もそう、現所属のマルセイユもそうです。実際、他の10人は『全員が僕より上手い』と思ってプレーしていますからね。それでもサッカーは、チームスポーツだから、自分の特徴を出せるシーンが訪れるんです。個人競技にはない魅力というか。だから僕自身、柏レイソルのアカデミーに入ってから感じた“壁”というものは、乗り越えた実感もないんですよ」
―チームにフィットする努力は、自身の能力を伸ばすことでもありますよね。
「そうなんです。僕はチームメートに協力する努力はしましたが、同時に個人としてのチャレンジも続けました。その結果、今があるのは間違いないです。そう思うと早い段階で上を知れたのは、僕にとって大きかったかもしれないですね。自分が納得するまで追求しないとサッカーは上手くならないし、自分で悩み抜きましたから。挫折だらけですよ、僕のサッカー人生は(笑)。それこそサッカーを辞めようと思ったことは何百回とあります」
―その感情がピークだったのはいつ頃ですか?
「高校1年生の時ですかね。ユースになると、サッカーのレベルが格段に上がって、柏レイソルU-18ではAチームに入れなくなりました。一応、進学した千葉県立柏中央高等学校で勉強も頑張っていましたが、とてもトップ10に入るような成績ではなかったです。そう考えると、『僕からサッカーがなくなったら何をすればいいんだろう』って…。と同時に、明日辞めればこの気持ちから解放されるとも思っていました」

やらされている感覚だと1mmも上手くならない

―高校時代は相当悩みながら練習を続けていたようですね。
「でも、いいタイミングでサッカーの発見や気づきがあって、また楽しくなるんです。それで『もう少し続けてみよう』となる。ずっとその繰り返しですね(笑)。だから我慢ができるチカラが備わって、チームにフィットするようになれたんだと思います。僕はどんどん“順応するタイプ”で、指導者から『こういう選手になってほしい』と言われると、そうなろうと思う性格なんです」
―ユースから多数のトップチーム昇格を果たした酒井選手の代に代表されるように、柏レイソルのアカデミーは育成に定評があります。その礎を築き、当時監督を務めていた吉田達磨氏の指導で印象に残っていることは?
「アカデミーでは『柏レイソルでプレーすることの意味』を教えられました。練習も厳しかったですが、みんなが必死になることでチームの結束も高まったと思います。技術はもちろんなのですが、メンタル面と人間性の部分はかなり強く指導を受けたと思っています。これは僕の持論なのですが、いいタイミングで怒れて、そして褒めることができるコーチが、優れた指導者なのだと思っています」
―アカデミーでは左サイドでもプレーしていたそうですね。
「達磨さんに『なぜ左サイドなのか』と自分から聞きに行くこともありましたが、自分で納得がいくまでやり通したら、そのポジションが好きになりました。やらされているという感覚だとサッカーは1㎜も上手くなりません。それを気づかせてくれたのは達磨さんだし、今思えば、すごくいい指導をしていただいたと思っています」
―柏アカデミー育ちの酒井選手ですが、高校サッカーはどのように見ていましたか?
「小さい頃は全国高校サッカー選手権をテレビで見て、憧れの目で見ていました。ただ、僕は中学から柏レイソルだったので、自分がその高校年代なると『負けてねえぞ!』って思うようになりましたけどね(笑)」
―最後に高校年代のプレーヤーにメッセージをお願いします。
「自分が(サッカーが)上手いと思っている間は、成長はありません。上がいることを自覚し、そこにどう向き合うことができるかが重要だと思います。僕は順応するために必死に努力をしてきましたし、高校生のみんなにも、しっかりと考えて日々の練習にあたってほしいと思います」
酒井宏樹
酒井宏樹
1990年4月12日生まれ、長野県中野市出身。185㎝/ 75㎏。中学1年生から柏レイソルのアカデミーでプレー。後に多数のプロ昇格選手を輩出した柏レイソルU-18で、海外でも多数の試合を経験した。プロ昇格後、2011年のFIFA クラブワールドカップでのブレイクにより翌年から欧州を主戦場とする。16年にフランスのマルセイユに移籍し、レギュラーとして活躍。

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